読み切りレビュー
『おくたまのまじょ』丸紅茜 奥多摩に魔女がいる、と思う幸せ
小林聖
すっとぼけたコメディに香る叙情
『おくたまのまじょ』の不思議さは、コメディとしてのおかしさだけではない感覚を読後に残すことだ。
田舎で魔女に育てられたため、人間のことをよく知らず、どんどん会話がズレていくというのが基本的なストーリーラインだが、『おくたまのまじょ』ではそのどこかズレたマホの感情が非常に丁寧に描かれている。
人間を殺すため上京した経験がある人はまずいないが、知らない土地へひとり旅立った経験がある人は多い。人間の前で盛大に鼻水を垂らしてしまい、「よりによって人間の前でこんな…」と真っ赤になる場面もよくわかる。初めての都会で緊張しているときにした失態のツラさといったらない。
魔女という極端な設定ではあるが、そこで描かれる感情の動きはごく普通のウブな女の子。だからこそ、おかしみだけでなくその心細さや不安という叙情が読み手のなかに残るのだ。
奥多摩、青梅線といった舞台や普通の少女の気持ちといった現実的な手触りの強い要素を丁寧に積み上げている本作は、読んだあと日常にほんの少しワンダーを残していく。奥多摩には魔女がいるかもしれない、というような感覚だ。
私はたぶん、これから青梅線を見かけるたびに若い魔女のことを思い出す。それは幸せなことだ。
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©丸紅 茜/COMICポラリス