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原百合子『熱海の宇宙人』熱海に落ちた宇宙人に打ち明ける昔の恋

小林聖

昔好きだった人の夢を見るような短編集

昔好きだった女の子の夢を見ることがある。夜の道を自転車を引きながら歩いていたり、遠くにはじける花火を見ていたり、どこかの庭先で話し込んでいたり、そんなような夢だ。
何しろ夢なので実際の記憶もあれば、都合のいいねつ造もある。何だったら記憶と思い込んでいる架空のこともあるかもしれない。

熱海の海に宇宙船が墜落する「熱海の宇宙人」。畳の部屋に宇宙船というアンマッチなおかしさが目を引く

明日5月25日に発売される原百合子氏の初単行本、『熱海の宇宙人』を読み終わったときの感覚は、そういう昔の夢を見ている気持ちに近かった。

どこか懐かしいSFギミック

スランプ中の小説家が宇宙人と出会う表題作をはじめ、大人になる過程で身体の一部が退化する世界の少女を描いた「退化の日」、遭難した未知の星で神様と勘違いされてしまう「とある神様の星」など、SF的な要素を含む収録作からなる短編集。だが、どの作品からも感じられるものは、未知のものを見るワクワク感より、むしろ懐かしさに近い

「熱海の宇宙人」に登場する宇宙人の姿にしても、「とある神様の星」の宇宙服などにしても、レトロフューチャーとまではいかないが、見たこともない造形というより、どちらかといえばベタな、多くの人がイメージする姿で描かれている。
だが、それは新鮮さがないということではない。

いわゆるグレイタイプの宇宙人に、ザ・UFOという感じの宇宙船。あえて記号的に描かれるSFギミックは懐かしさやユーモアを醸している

泊まっている宿の目の前に宇宙船が落ちて、報道や対処が進んでいるのに、そんなことをまるで気にしないように日常会話を続ける。そんなすっとぼけた物語のテンションも相まって、全体としてユーモラスで愛らしい印象になっている。

SFのなかで際立つ情緒

そんなのどかな雰囲気の中でフォーカスが当てられるのは、心の柔らかい部分に残っているような想いだ。

「熱海の宇宙人」より主人公と担当編集者を抱きかかえ、熱海の空を駆ける宇宙人。小さな街の些細な物語から、夏の広がりも感じる

例えば「熱海の宇宙人」では、主人公の小説家は自分の小説の主人公にそっくりな姿にメタモルフォーゼした宇宙人に出会う。そして、実はそのモデルになったのはかつて恋した男の子であるという秘密を、主人公は宇宙人に打ち明ける。

「とある神様の星」でも、脱出を試みる遭難先の星で出会った女の子への淡い気持ちが物語の中心だ。

どれも「恋が進んでいく物語」ではない。付き合うまでのなりゆきでも、付き合ったあとの関係でもなく、誰かを好きになった自分の気持ちそのものを巡っているのだ。

そういう感情は、いつしか懐かしくなる。心にずっとしまっているうちに、事実そのものも曖昧になり、虚実が入り交じった「思い出」だけが記憶に残っていく。

遭難した星で現地の少女と出会う「とある神様の星」。その風景は経験したこともないのに、どこかで懐かしい気持ちになる

宇宙人やコミカルな描写など、『熱海の宇宙人』のどこかこっけいで荒唐無稽な世界観は、そういう「思い出」の感触を呼び起こさせる。現実のようで、非現実でもあるような、不思議な世界で、だからこそ登場人物たちの気持ちがより鮮烈に印象に残るのだ。

おぼろげだけど鮮やかな昔の夢。そんなものを見たあとのように胸を締め付ける短編集だ。



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©HARA Yuriko 2017/KADOKAWA