明日発売の新刊レビュー
長門知大『将来的に死んでくれ』10万円で性交渉を迫る百合ラブコメ
たまごまご
お金を積んだところで、心が買えると思うなよ
「とりあえず10万円用意してみたの!」
「だから……ね? ヤらせて」
少女が金で友達を買う。「別冊少年マガジン」で連載中の長門知大氏の初連載作品『将来的に死んでくれ』の単行本が4月7日に発売にされる。
お願い振り向いて、触らせて、お金払うから
黒髪のクールな美少女・刑部小槙(おさかべ・こまき)。元気いっぱいの菱川俊(ひしかわ・しゅん)は、小槙のことが好きで好きで仕方がない。
もともと友達同士のふたりだが、今の俊の愛情は「えっちなことしたい」ベクトルに全振り中。「ヤらせて」と大声で連呼していた。
当然受け入れない小槙。暴走気味な彼女の性格を熟知している。
ついに俊は、自分で稼いだ万札を用意。お金で思いを成就しようと企む。
「セックスしよ!」
「ちょっと休んでいかない!?」
「先っぽだけだから!!」
お金の力をブーストに、俊の押しは加速気味。一方小槙の断り方も慣れたもの。
結局今のところ、万札は誰の手にも渡ってない。
俊の性愛
俊の思いは、「友情」からはじまり、「恋愛」を飛び越して、「性愛」として描かれる。
もともと腹を割って話し合えるような(というか俊が気持ちを隠すことができない)関係。その上で、お付き合いの段階を完全に無視して、「セックスしたい」が前面に出っぱなし。
あけっぴろげに「ヤりたい」「ヤらせろ」と言うことで、かえってふたりの関係はドライになっている。
返答をぼかしたり曖昧にせず「NO」と一言で答えられるからだ。
俊の暴投気味なアプローチは、ことごとく小槙にいなされる。ときには合気道のようにスパンときれいに返すので、見ていてとても気持ちがいい。
俊は彼女に「NO」と言ってもらうのを楽しんでいる節すらある。
相手への信頼感と恋愛と友情
俊は性交渉の話以外でも、ことあるごとに万札を出す。
小槙の弟がいいことを言ったらお金を渡そうとする。小槙にウインクしてもらったら、嬉しすぎてお金を払おうとする。
「お金で解決する」ではない。「こんな幸せになれて、対価を払わないなんてありえない」という思考パターンだ。
俊は自己評価があまり高くない。
小槙と弟が、俊を「美形」「綺麗」と評した時、涙と鼻水とヨダレを流して喜んだ。
「生まれてきて良かった……」「顔だけでも嬉しい……」。
また、小槙の家に行く話が出た時も「そもそも小槙ちゃんが許すわけ」と、許可されない前提で物事を考えていた。
「お金を出す」というのは、相手に対して「自分がマウントを取る」「自分がへりくだる」の二通りがある。
俊の場合は後者。自分の価値を下にして、小槙の価値を高みに持ちあげている。
やたら押しまくる割に、お金を介在させないと自分なんかに小槙はもったいない、と考えている様子も見られる。
「お金で相手の心・体を買う」というのは、相手に対して距離のある、さみしいことだ。
小槙は頑として、ヤるヤらない問わず、お金を受け取らない。友達だからだ。
小槙「デート? してやるよそんくらい 女同士だ 遊びに行くようなもんだろ 金貰わなくても普通に行くよ」
小槙は俊のアタックをひらりとかわし続けていいるものの、彼女のことを決して嫌っていない。彼女の行動は批判するけれども、思いはバカにしない。
「恋愛」や「性愛」とは別のところにある、俊の思いの本質を、見抜いているからだろう。
お互いの「このくらいやったら、このくらい返してくれる」という信頼感。
ドタバタした百合コメディであると同時に、見ていて不安にならない、安定感のある友情物語だ。
講談社 (2017-04-07)
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©長門知大/講談社