単行本レビュー
『海の境目』桃山アカネ 抜け出すことのできない現実と向かい合う一冊
籠生堅太
現実にエンディングはない
私たちは整合性のとれた物語、そして劇的な結末に慣れ親しみすぎている。
そして回収されなかった伏線や、未解決のまま問題を、物語上の欠点のように感じてしまう。
しかし現実はどうだろうか。悪いことをしていなくても、悪いことは起こる。物語の中ならば「理不尽」「不条理」と呼ばれてしまいそうな日常を、私たちは生きている。そして現実には、物語のようなエンディングはない。
桃山アカネ氏の初単行本『海の境目』は、そんな抜け出すことも、終わりを定めることもできない現実と向かい合うきっかけをくれる一冊だ。
理不尽を前にした人の心の動き
『海の境目』の舞台は、ある地方都市。
心の問題を抱える父、薬物に溺れる弟、そして周囲の目ばかりを気にする母に囲まれ、閉塞感を抱く由美子と、エリート主義の父からの支配に息苦しさを感じる時田のふたりが主人公。
「地方の閉塞感」「家族との軋轢」という問題は、これまでも多くの作品で描かれてきた。
そうした問題に対する何かしらの決着が、物語のクライマックスとなることが多いが、『海の境目』では問題は解決するどころか、より複雑なものへと変化し、ふたりに降り注ぎ続ける。
どうしようもない理不尽は暴力にも似ている。
暴力に曝されたときに「頭が真っ白になる」というように、人は考えることをやめてしまいがちだ。
辛かったという漠然とした記憶だけが残り、何が悲しかったのか、何が苦しかったのかということは、忘れ去らてしまうどころか、そもそも見えてすらいないこともある。
「地方の閉塞感」「家族との軋轢」そのものはもちろんだが、避けようのない理不尽に直面したときに、人の心が見せる動きを描こうとしている。
由美子と時田、ふたりが今、何故辛いのか。そんな目をそむけたくなるような感情を追いかける桃山氏の視点を感じる。
重い物語、軽やかな読後感
ただただ辛い物語のように語ってしまったが、『海の境目』の読後感はけっして悪くない。物語の最後、理不尽を前に傷つきながらも、由美子も時田も次の一歩を踏み出しているからだ。
けっして幸せに向かう一歩には見えないかもしれない。さらに辛い未来も感じさせる選択だからだ。
幸せになれるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
そんな曖昧ともとれるラストシーンだが、何故ふたりが、その選択をしたのかということは、はっきりわかる。
そこに至るまでのふたりの感情を、読者はずっと追いかけているからだ。なのでスッキリと受け入れることができる。
ハッピーエンド、あるいはバッドエンドに慣れてしまった私たちが、物語を通して、今自分自身が立っている現実と向かい合う。そんな感覚を久しぶりに掻き立てられる作品だ。