単行本レビュー
『蓬莱トリビュート』鮫島円人 すぐに読めるが、余韻は深い。本格中華「人外」怪異譚
武川佑
人間と「人外」が混沌と混じりあう、めっぽう面白い読み物《ファンタジー》
中国には、『捜神記(そうじんき)』、『聊齋志異(りょうさいしい)』といった、各地に残る狐や仙人、幽霊や怪奇現象のエピソードを集めた志怪小説、怪異小説といったジャンルがあった。
日本でいうと『雨月物語』などがその系譜に連なる。
怪異を淡々と、そして味わい深く語り継ぐ――いま志怪小説が、巧みなアレンジを加え、あざやかによみがえる。
リイド社 (2019/3/15)
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人が「人ならざる者」にであうとき
鮫島円人氏による『蓬莱トリビュート』は、10話からなる、中国を舞台にした不思議な「人ならざる者」との出会いを描くショート・ショートである。
冥府に行って戻ってくる嫁、虎の娘を嫁とする話、海中の都を追放された「鮫人」との話など、バリエーション豊かな人外とのエピソードが描かれる。
第1話は、死した妻が冥府にくだって閻魔大王の前で嫁が申し開きをしたことにより、転生することなく魂魄が愛する夫のもとへ戻ってくる。
第2話は、謎の僧に家族を人質に取られた男が、僧の息子を殺してくれと依頼される話。
第3話は、犬に襲われていた狐を助けた男が、お礼に夜な夜な尋ねてくる美しい女と会うようになるが……しかし。
どのエピソードも短く、すぐに読める。しかし余韻は、深い。
ストーリーは突然始まり、ぷっつりと結末を迎える。なぜ人外がいたか、なぜそうなったか、という「理由づけ」や「種あかし」はない。
それがいいのだ。
怪異譚のほとんどは(真偽のほどはわからないが)、「実際にあったこと」なのだから。不思議なことなどなにもないのだよ。
だからこそリアルで、不気味だったり、クスッと愉快だったり、一抹の寂しさだったりと、あとに残るじんわりとした余韻。本書の魅力のひとつだ。
読後感の万華鏡のように
著者は、TwitterやWebサイト「トーチ」で作品を多く発表しており、涙なしでは読めない忠犬「黄耳」のエピソードなどは、目にした人も多いだろう。
とにかく女の子が可愛い。ギザ歯がかっこいい(第4話「冥吏代行人」がわたしの一番好きなエピソードだ)。
「ええ~話や……」「あー異類婚姻譚最高」「えっ、これ辛くない、しんどくない?」と一つひとつのエピソードからさまざまな感情が呼び起こされる。
余韻にひたっていたいけど、次の話も気になる! と読み進める手が止まらなくなる。
著者は『閲微草堂筆記(えつびそうどうひっき)』のように、中国の志怪小説からエピソードをチョイスする。
その中には『夜譚随録(やたんずいろく)』(第7話「異類の娘【狼】」の原典)など日本語訳があまりない出典もあり、このジャンルへの傾倒ぶりに頭がさがる思いだ。
古話に着想を得て作品を作る、という系譜に芥川龍之介の一連の王朝物があるが、『蓬莱トリビュート』の面白さは、それに近いと個人的に思う。
原典から絶妙にアレンジを加えて、現代の私たちに読みやすいように提供してくれる。その手腕にひたすら心地よく酔う。
続編となる「蓬莱エクステンド」がトーチに掲載されており、「読む愉悦」は続きそうだ。
リイド社 (2019/3/15)
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