単行本レビュー
『書道教室』筒井秀行 奇抜で不思議なスラップスティック・コメディ!(ご町内限定)
加山竜司
習い事教室の独特な雰囲気
小学生の頃、習い事をした記憶のある人は多いかと思う。
そろばん、ピアノ、書道……、最近だと英会話やダンスなんかも多いのだろうか。学校とは違うコミュニティ。かといって進学塾や予備校のような殺伐とした雰囲気はない。
のんびりとしていて、普段の生活の延長線上にありながら、しかし日常とは少しだけ切り離された空間。習い事の教室には、そこにしかない独特な空気感が漂っている。
筒井秀行氏の『書道教室』の主人公・圭は、仕事を辞めたばかりの独身アラサー女子。怪我で入院した祖母にかわって、祖母の書道教室で先生をやることになる。どこにでもあるような町の書道教室で、そこに通う人たちと、なにげない日常の日々が繰り広げられていく……というのが本作のアウトラインだ。
そこだけ切り出すと、ゆるやかな日常系コメディや生活ギャグを想起するかもしれない。ところが本作は、アヴァンギャルドなスラップスティック・コメディなのである。
徳間書店(リュウ・コミックス) (2019/1/1)
売り上げランキング: 1707
各話を盛り上げる、奇抜なアイデア群
なにしろ第1話の冒頭からして、どうかしている(褒め言葉)。
圭がレストランで恋人とデートをしていると、なぜか店員が次々と愛の告白をしてきて、圭はそれをジャッキー・チェンの映画ばりのアクションでちぎっては投げていく。この一連の流れは、圭が恋人にプロポーズするために仕掛けたサプライズのフラッシュモブだが、あえなくプロポーズは失敗し、そこからストーリーがはじまっていく。
あるいは、そろばんの読み上げ算の最中に急にラップがはじまったり(第1話)、書道教室のある町に25年ぶりとなる天然のヤンキーが発生したり(第2話)、しのぶちゃん(小学4年生)がクラス演劇でやりたかったオリジナル脚本「ジンギスカン鍋」が劇中劇として書道教室で唐突に始まったり(第5話)……。
活字で説明すると「なんのこっちゃ」のオンパレードである。
また、「第3話 走馬燈」の回では、登場人物たちの脳裏に過去の記憶が走馬燈のように駆け巡っていくシーンが描かれるが、フラッシュバックの契機となった事象がそのままコマの形になっていたり、「第4話 ディ」では一日を振り返るサラリーマンの回想シーンがページを横に使っていたり(コミックスを右に90度傾けて読むことになる)、かなり実験的でマンガならではの表現主義的な手法を使っていたりもする。
コメディを地べたにつなぎとめる、居心地のいい日常感
しかし、どれだけトリッキーなことをやっても、読者が所在なさげな落ち着かなさを抱くことはない。
ゆるやかな書道教室の雰囲気のなかで繰り広げられる日常会話の“平凡さ”(を演出する巧みさ)が、風船のヒモのように、物語を地べたにつなぎとめてくれている。
また、奇抜なことをしても日常に戻ってきてオチを着けるところが、その“つなぎとめ”感を高めてくれている。まさしく習い事の教室のような、日常と切り離されているようでいて、けっして町内からは出て行かない安心感だ。
本作の第1話は「COMIC リュウ」のwebサイトで試し読みができる。
まずはその第1話で、安心と奇抜の二階建て構造という本作の魅力を感じてほしい。
知らない土地の見たことのない土産を手渡されたけど、食べてみたら妙に親しみのある味だったら、その土地に対してがぜん興味が湧くように、この第1話から作品全体に引き込まれていくはずだ。
徳間書店(リュウ・コミックス) (2019/1/1)
売り上げランキング: 1707