単行本レビュー
『グッド・バイ・プロミネンス』ひの宙子 単純化されない「好き」を見つける瞬間のドラマティック
小林聖
「Love」でも「Like」でもない、誰かへの気持ち
「その『好き』ってLove? それともLike?」という問いかけがある。
この質問が生まれるのは、日本語の「好き」という言葉自体の曖昧さゆえでもあるが、人の気持ち、好意というものが本来複雑で繊細だからでもあるだろう。
私たちは誰かの、あるいは自分自身の心を把握するために「Love」なのか「Like」なのかといった単純化を行う。複雑で繊細な感情そのものをまるごと伝えたり、認識したりするのはあまりに難しいからだ。だけど、単純化すれば当然こぼれ落ちてしまう機微もある。
8月に発売されたひの宙子氏のデビュー単行本『グッド・バイ・プロミネンス』は、そうした単純化される前の、言葉にできない愛情や感情をすくい取るようなオムニバス作品集だ。
祥伝社 (2019/8/8)
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家族、恋、友情、異性、同性…型どおりでない感情の物語
『グッド・バイ・プロミネンス』は8編の短編作品が収録されている。
それぞれが独立した話であり、同時に各作品の登場人物が交錯し、ある物語では脇役だったキャラクターが別の話で主役となるといった形式だ。
たとえば第1話「君、喜び多く、幸深からんことを。」では教師に公開告白した女子高生・喜多(きた)を、同級生の女の子・坂井の視点から描いている。
職員室で「好きです」と言い放ち、振られた後も堂々と過ごす喜多は変わり者として校内で話題になるが、坂井はそんな彼女が最初の告白のとき耳を赤くしていたのを見つけている。
物語はそんなミステリアスでトリッキーな喜多を追いながら進んでいく。だが、この話の主人公は喜多ではなく、坂井だ。
いつも明るく気丈に振る舞う喜多が、家庭で何かあったであろうことを坂井は察している。それを先生には話しただろうこと、そして自分には隠す喜多に感じる寂しさ、先生とのことに自分は踏み込んではいけないと思う疎外感など、恋ではないけれど、友情と呼ぶにはあまりに切ない喜多に対する坂井の心がそこには描かれている。
つづく第2話では喜多の母親と叔父、そして喜多自身を巡る家族の複雑な関係、第3話では若かりし頃の喜多の母親と叔父の想い合いながら繋がらない関係など、家族関係や恋、友情、異性、同性とさまざまな関係と感情が浮き彫りにされていく。そのどれもが型どおりの「Love」や「Like」ではない。
劇的な瞬間はどこにあるのか?
そして『グッド・バイ・プロミネンス』は繊細なだけではない。
「プロミネンス」とは太陽のまわりに浮かぶガスで、炎のように螺旋を描いて噴出されることもある。そのイメージどおり、感情が吹き上がる劇的な瞬間を切り取っている。
恋や愛の劇的な瞬間、ドラマティックな瞬間はどこにあるのか? 多くの物語は想いが結実する瞬間、あるいは破綻する瞬間に求める。
しかし、『グッド・バイ・プロミネンス』が切り取るは、必ずしもそういった関係性が大きく動く瞬間ではない。人が他人や自分のなかの気持ちに気付き、受け入れる瞬間だ。
第1話であれば、坂井は卒業式の日、知らなかった喜多の気持ちを知る。その瞬間はもちろんだが、坂井自身が自分の喜多への、友情には収まらない好意を自覚する瞬間に、彼女たちのドラマティックがある。
ほかのエピソードでも、口に出さなかった想いを叫ぶことで、誰かに何かを突きつけられることで、心の内にあった名前のつかない感情に気付き、それを受け入れる瞬間が描かれている。
結実してもしなくても、そこには劇的な輝きがある。『グッド・バイ・プロミネンス』は、その一瞬を切り取る作品集なのだ。
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