明日発売の新刊レビュー
『怒りのロードショー』マクレーン 愛すべき映画バカどもの放課後
加山竜司
きょうも映画をウキウキウォッチング!
スピルバーグの『リンカーン』には苦い思い出がある。
まじめな政治映画を堪能しようと思っていたら、いきなり大統領が手斧を片手にヴァンパイアを殺戮し始めたのであるッ!!
「お、おう。スピルバーグの野郎、ずいぶん芸風を変えてきたな……」
などと変に感心していたのだが、どうやら間違えて『リンカーン/秘密の書』(監督ティムール・ベクマンベトフ)を観ていたようだ。
あるいは『28週後…』。
たしかにゾンビ映画として良くできているんだけど、作中に出てくるウェンブリー・スタジアムが建て替え後の新しいほうなんだよね……。
前作『28日後…』の28週間後だったら、建設されているはずがないじゃん! そんなところにツッコミ入れるのは重度のサッカーオタクだけだ、とたしなめられるが、だって『三丁目の夕日』の野球シーンに後楽園スタジアムじゃなくて東京ドームが出てきたらアレッ? って思うじゃん!
……ともあれ。
映画を観たら、ついつい誰かと語り合いたくなるのが人間心理だ。
仲のいい友人たちと映画の話をするのは、なんでこんなに楽しいんだろう!
『怒りのロードショー』(マクレーン氏)は、まさにそんな「映画語り」を主軸にした作品である。
映画を題材にした漫画といえば、従来では、鑑賞した映画について漫画家が感想を述べるエッセイ漫画が一般的であった。しかし本作『怒りのロードショー』は、その例には入らない。映画好きの高校生たちが、ひたすら映画についてダベるだけ。
いわば〝日常系〟漫画のシネマ語り版というわけだ。
ステキな映画好きと一緒にAround the World!
映画鑑賞の面白い点は、観た人によって感想が千差万別であるところだろう。
どこが好きだったか、どこに感動したのか、どいつがキライだったか。
同じ作品でも受け止め方は人それぞれで、そこに相手のパーソナリティが見えてくる。
『怒りのロードショー』の登場人物たちも、まさに「映画の嗜好から個性が見えてくる」キャラクターばかりだ。
シュワルツェネッガーとアクションが大好きなシェリフ。
「彼のような深い映画愛がなけりゃ、百戦錬磨のつわものどものリーダーは務まらん!」
走るゾンビには否定的なゾンビ映画マニアのごんぞう。
「『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』から『ゾンビランド』までなんでもそろえてみせるぜ!」
どんな映画も肯定的に受け入れる、シェリフの妹で小学生のトト。
「映画情報の収集は可愛らしさと頭の良さでお手のもの」
アニオタでロリコンのまさみ。
「奇人? 変人? だから何?」
でかい図体の癖にホラーが苦手で超恐がりのヒデキ。
「ホラーだけは勘弁な」
(※注:上記「」内の台詞は筆者の感想です)
まさに映画好きのAチームとも言うべき「愛すべき映画バカ」たちが、お互いの意見を尊重しあい、押しつけがましいことは言わず、ひたすら映画への愛を語る。
ここにあったのか、俺たちのシネマ・パラダイス! こんな仲間たちと一緒に映画を語りたいッ!! そしてトトちゃん超かわいいッ!!!!
だが、そんな映画語りの楽園に安住していては、物語はスイングしない。
映画にも漫画にも、わかりやすい「敵」は必要だ。
そこで出てくるのが同級生の村山である。
シネコンにかかるような大作娯楽映画を見もしないで「クソ映画」と断罪する、間違ったシネフィル知識で「マウンティング」してくる勇姿は、いっそ見ていて清々しいッ!!
主人公シェリフたちのほのぼの映画好きとは対局の存在である。彼のおかげで「映画語り」の暗黒面(ダークサイド)も浮き彫りになるので、彼こそは映画マニアの「ダーク・ジェダイ」と呼ぶにふさわしい。
金髪でニヤニヤしながら登場するたびに、思わず「村山△!」と喝采を送りたくなるのは必至。深い愛情の証として、村山は「シネフィル糞野郎」と呼びたいッ!!
いやぁ〜、映画って本当にいいものですね!
もともとこの『怒りのロードショー』は、著者・マクレーン氏の個人サイトで連載していた作品で、それに加筆修正を施したバージョンが「コミックウォーカー」に掲載され、そしてこのほど単行本がリリースされる。
いうなれば単行本は「ディレクターズカット版」である。
そして実在の映画のタイトルやパッケージが作中で使用されている点も素晴らしい。やはり「映画語り」が匿名では、どうしても伝わりにくさが生じてしまう。
さらに単行本には、描きおろしの第九話が収録される。このボーナスエディションも見逃せない。
そもそも映画を観るという行為自体は、ものすごく孤独な作業だ。感想が千差万別と言うことは、どれだけ大勢で同じ映画を観たとしても、それはごくごくパーソナルな体験であると言わざるをえない。
しかし、それについて他者と話し合うことで、映画体験はより豊かなものになる。
「来た、観た、楽しんだ」にとどまらず、その先の広がりを感じさせてくれるのが『怒りのロードショー』だ。
「この映画、シェリフならどういう感想を言うかな?」
本作を読んだあとなら、これまで以上に映画を楽しめるようになるだろう。
©McClane 2017/KADOKAWA刊