新連載レビュー
漫画が禁忌の世界で、ある漫画と出会った男は心に小さな炎を灯す。近未来SF『CICADA』原作:山田玲司 作画:バナーイ
川俣綾加
8月27日に発売された「月刊!スピリッツ」10月号から、『絶望に効くクスリ』などで知られる山田玲司が原作を務め、新鋭・バナーイが作画を担当する新連載『CICADA』が始まった。
この世界に漫画を許容する余裕はない
彼女もいない、何の取り柄もない。階級は最下層。
過酷な世界で生きる持たざる男が、禁忌とされた漫画に出会う。
近未来SF『CICADA』の主人公 レムディ・マーシャル、28歳。表向きは平等だとしながらも、「スーツ」と呼ばれるリッチな層と「バグ」と呼ばれる下層に分けられた国で生きる彼は、最も下級の「金」の人間だ。
そんな状況から何もかもをあきらめて生きてきたレムは、何かに挑戦したこともなく、すぐにへこたれてしまう弱い男。年下の同僚からもバカにされ、卑屈な面も垣間見える。
この世界では漫画の所持は犯罪。政府機関カワセミは紙だろうとデータだろうとあらゆるマンガを消し去り、それに抗う者は容赦なく抹殺していく。レムの仕事は漫画を駆逐する焚書官だ。
レムの上司は漫画が消え去るべき理由をこう話す。「あんなガキ臭い妄想に労働意欲を奪われたのが、この国ががけっぷちになった理由だ」。
漫画を読んで変化する主人公を描いた漫画
それでもレムは、心を動かされてしまった──。仕事中に出会った1冊の漫画。高橋留美子の『うる星やつら』だ。
取り締まりの最中、漫画を所持していた男が恍惚とした表情で語る『うる星やつら』の魅力。孤独なレムにとって、何の取り柄もない男をひたむきに愛するヒロインの存在は心動かされるものだった。
ついにレムは、漫画を持ち出してしまう。
その1冊が、これから大きなうねりと出会いを生み出すのだ。
虚構によって何かを獲得していく主人公を描いた漫画。
それを読んで、こちら側の世界の誰かも何か得るかもしれないと思うと、『CICADA』を読む者もきっと漫画の一部なのかもしれない。
読者を巧みに取り込む構図だと感じる。
また、山田玲司が原作であることはもちろんだが、バナーイの躍動的な作画にも注目したい。持たざる者の目線で進むのは日本の漫画っぽさ、一方でビジュアル、特にカラーページはバンドデシネを彷彿とさせるトーン。
このふたつが合わさった新機軸の作品だ。
漫画好きにとっては、フィクションなしには生きられない本能のようなものを、たったの第1話で暴き出された感じがしてむずがゆく熱くなってしまうはず。
小学館
©山田玲司・バナーイ/小学館