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山田さぶろう『知らない魔法』あなたのいない世界なんていらない

籠生堅太

悲しいけれど、希望に満ちあふれた物語

「大切な人とずっと一緒にいたい」

それは人が抱く願いのなかでも、ありふれていて、だからこそ強いもののひとつ。

あなたには、相手が自分を忘れてしまっても、自分が相手を忘れてしまっても、それでも一緒にいたいほど、大切な人はいますか?

大切な人が目の前から消え去ってしまうかもしれない恐怖。「いなくならないで」というシンプルな言葉が深く胸に突き刺さる

人が人を想うことの切なさを描いた『知らない魔法』が明日11月4日に発売される。

思い出は魂に刻まれる

幼なじみの志郎紅子。幼いころから仲良しで、高校生になった今は恋人未満友達以上といった2人。

じつは紅子、自分でも気がついていないけど魔法使い。10年に一度だけ、対象となる人物との記憶と関連する事実、その全て犠牲にすることで、死者を生き返らせることができる。

幼少期、ベランダから誤って転落し、命を落とした志郎を救うため、紅子は魔法を発動させる。それまでの2人の思い出すべてを投げ捨てて……。

2016年2月、pixivに投稿され大きな話題となった『知らない魔法』
創作同人誌即売会コミティアを中心に活躍してきたてきとう氏が、山田さぶろうと名を改めて発表した初めての作品だ。

蘇ってからの志郎の紅子への愛情は、異常とも思える部分がある。
似顔絵から始まり、指人形や顔のプリントされたTシャツなど、あらゆる紅子グッズを作って、自分の部屋を彼女でいっぱいにしている。

何も知らない人が見れば、通報待ったなし、ストーカー以外の何者でもない

部屋中を紅子でいっぱいにしても、拭いきれない不安。かつて彼女と過ごした日々が、二度と取り戻せないことに志郎は無意識のうちに気づいているのだ

でもそれも一度失くしてしまった彼女との思い出を埋めるためのもの。
志郎は言う。

「紅子ちゃんが足りないような(中略)気がするんだ」

消えてしまった思い出は戻ってはこないけれど、そこに大切な何かがあったことは、志郎の魂に刻み込まれている。

いなくなってしまった人とは、もう会えない。
どんなに大切な思い出もいつかは忘れてしまう。
そんな現実を生きる私たちにとって、思い出全てが消え去ってしまっても、心の奥底には、何かが残るというのは希望でしかない。

『知らない魔法』は悲しいけれど、希望に満ちあふれた物語なのだ。

目に見えない絆への憧れ

たとえ2人の「これまで」が失われても、「これから」があれば、また深く深く繋がっていける。
血まみれの志郎を見て、なんのためらいもなく魔法を発動させる紅子の姿は、あまりに眩しい。

実はヒロインは魔法少女でした。
死んだ人間も生き返ります。

なんて都合のいい話。と思う読者もいると思う。
けど都合の良さなんてどうでもいいくらい、とにかく紅子と志郎に幸せになってほしい。
たった42Pの短い物語にそう願わずにいられないのは、読者は2人に自分自身の願いを託しているからだ。

自分はひとりじゃない。誰かと繋がっていたい。大切な人と一緒にいたい。
そんな誰もが抱く願いを、紅子と志郎は一身に受け止めてくれる。

タイトルに込められた秘密

『知らない魔法』というタイトルは、もちろん「紅子自身も知らない魔法」の意味なのだが、それだけではない。
じつはもうひとつ、大切な意味が隠されている。それがなんなのか、ここで語るのは野暮なので控えるが、隠された意味に気がついたときには、最初から本作を読み直したくなるだろう。

そして本書には山田氏が「てきとう」名義で発表した作品も多数収録されている。
そちらは口の悪い女子高生が、ハゲ散らかしたおっさんをしばき倒すようなギャグ漫画ばかり。

地方創生、地域活性化が声高に叫ばれる世の中に、全力で喧嘩を売る衝撃のひと言。こんなアナーキーさも山田氏の魅力の一面

『知らない魔法』から流れで読むと、「マカロン買ったらオマケでサバ寿司がついてきた」くらいの落差と衝撃がある。
そんなジェットコースター感も楽しんでほしい。



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©山田さぶろう/マイクロマガジン社