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心の傷を晒し合い、自分を取り戻す少年たち 『89番目のおんがく』第2巻 篠田芽衣子

たまごまご

心に傷を持つ2人の少年が、音楽をとおして再生していく様子を描いた『89番目のおんがく』。前巻の発売から1年という長い時間を経て、明日9月13日に完結巻である第2巻が発売される。

再び“自分”を取り戻すまでの物語

上城裕也は、今は亡き天才ピアニスト・和成の弟。

兄の死に、裕也はその存在感の大きさに苦しめられる。
自分が演奏しているのに、みんな死んだ兄のことばかり見ており、誰も気にかけてくれない。

周囲の人は、自分をバカにしているのではないか。
彼は感情を全て隠し、兄の音をそのままコピーして弾くようになる。

玉森深月は、両親に自分の存在を認めてもらえなかった。
父は娘が欲しかったと言って、去ってしまった。
母は心を壊してしまい、深月が女だったらいいのにと責め続けた。
かつて好きだったピアノとともに、母への恐れは全て封印した。

自分の心を殺してピアノに向かい続けた少年と、ピアノを弾くと心の傷口が開いてしまう少年。

2人は一緒にアンサンブルで、コンクールに出ることを決める。

89番目のピアノの音と、フラッシュバック

ピアノの鍵盤数は88。タイトルの「89」は、存在しない音だ。
作者はこの空白地帯に、2人の奏でる音のオリジナリティ、それぞれの「自分らしさ」を重ねている。

誰かと一緒に演奏する音を人に聴かせる。それは、自分の全てをさらけ出すことだと、作中で表現される。
序盤の裕也の音は、和成のコピー。彼はそこに心がこもっていないハリボテだと自認し、諦念していた。

それでもしがみついてはなさなかったものを見つけた時、無くしていたと思い込んでいた89番目の音、自分の「音楽」はちゃんとあると気付いた。彼の心は開けたのだ。

アンサンブルの音は、裕也のトラウマを溶かしていく

同時に、全力でピアノに挑んだ深月が、過去の記憶のフラッシュバックで心を病んでしまうのも、必然だった。

もっと穏便な方法があったのではないか、とどうしても考えさせられる。
そんな無理に音を引きずり出さなくても、2人のトラウマはソフトに解決できるのでは?

この感覚は、深月の妹を称する少女・玉森真理絵が代弁してくれる。深月にピアノを弾かせた裕也を、彼女は激しく叱責する。人殺しだと。

だが必ずしも、優しい方法が心を癒やすとは限らない。
全編を通して描かれる、演奏することによるトラウマ荒療治は、あまりにも危うい。

白を使った緊迫感

この漫画で目立つのは、白の使い方だ。
白部分比率が高いページが、度々挟まれる。余白、キャラクターの影の薄さ、数少ない裕也の黒パーツ(髪の毛とズボン)のバランス。
効果的に白を用いることで、2人の心理が描かれる大事なポイントが、ぐっと目を引く。

画面が白ければ白いほど、不安になるものだ。
緊張で張り詰めた空気の時、視界は真っ白になる。キャラクターが落ち着かない時、白い部分が増える。
足場がなく、キャラクターの心が不安定なのが、感覚的に伝わってくる。

あえて縦向きに描かれたシーン。読んでいて目に突き刺さるような白い画面の使い方は、必見

白い画面とキャラクターの比較が印象に残る。
黒髪の裕也がいると、画面に安定感が出る。白髪の深月は不安定すぎて、紙面に溶けてしまいそうだ。

どちらかが救い、どちらかが助けられる、という構図だけではない。お互いに心の傷を開き合って、音楽で治療していく。
あらゆる手法で心と音を描く作者。次の作品でも、メリハリが存分に生かされた画面が見られることを期待したい。



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©篠田芽衣子/徳間書店