新連載レビュー
糸なつみ『おとなとこども、あなたとわたし。』恋じゃない、愛の年の差オムニバス。
武川佑
祈るような。あなたへの「ねがい」
たぶんこの作品は恋愛の話じゃない。もっと、ひろい《愛のかたち》を描こうとしている。
口には出せないけれど、誰もが持っている根本的な寂しさ。
ひとりは寂しいから。誰かと居たい。誰かの支えになりたい。
僕を。私を。ひとりにしないで。
誰かを純粋に想うこと。願いを告白するとき。それは祈りに似ているのかもしれない。
年の差とは、生きる物語が違うということ。
8月17日発売の「COMIC it vol.16」から糸なつみ氏の商業デビュー作『おとなとこども、あなたとわたし。』の連載がスタートした。「COMIC it」公式サイトでも、作品を楽しむことができる。
「年の差」をテーマに異なる3組の物語からなるオムニバスストーリーで、人と人の心の交流を情感ゆたかに描いている。
「あなたの物語に入れたらいいのに」
“年の差”とは、生きる物語が違うこと。
第1話は、マンションの隣同士に住む18歳の男子高校生・のんと、11歳の小学生・育(いく)が主人公だ。
育は、のんが気になっている。きっと初恋であろう育が、学校で友だちとする恋バナは甘酸っぱく、読むこちらがニコニコしてしまう。
一方、のんの家庭は複雑な事情を抱えていて、彼は家を出たい衝動に駆られる。
のんは育に苦悩を告白する。小学生の頃に戻りたい、小学生だったら悩むこともなかったのにと。
けれど11歳の小学生には、彼の苦しみに寄り添うことしかできない。
2人の気持ちは「年の差」ゆえにすれ違い、通じあうことはない。
――いまのところは。
年上であるのんに向ける、ささやかで、ひたむきな育の好意が、ほろ苦い。2人の息苦しさは解消される時が来るのだろうかと、何ともやるせない気持ちになってしまう。
「あなた」はもういないけど。私は生きなければならない
第2話になると、登場人物はがらりと変わる。「年の差」というテーマはそのままに、まったく別のストーリーを紡いでいく。オムニバス形式の本作の魅力が一気に花開く2話だ。
亡くなった老婦・夕里子の夫・白川のもとに、葬式から3カ月後、妻が描いた絵を持って、絵画教室の若い男性教師・蒲田が訪ねてくる。
ネグレクトを受けた過去を持つ蒲田は、密かに「夕里子」を慕っていた。彼女の中に、求める母親像を見たのかもしれない。
回想シーンでぽろっと本音をもらす蒲田に「夕里子」が返す言葉と笑顔。このシーンはぜひ見てほしい。
でももう「夕里子」はいない。彼女の死が、蒲田と白川を結びつける。
祖父と孫ほども年の違う2人は、これからをどんな風に生きていくのか。
最後に蒲田が白川に言う「僕を一人にしないで」が、心に刺さる。
作品は、歳の違う2人のどちらに感情移入するかによって、物語の見え方も違ってくるだろう。読む人によって、また読み返すごとに、印象が変わるのだ。
根底にあるのは、誰かを理解したい、誰かとともにありたいという、祈るような切実な「ねがい」だ。筆者はいくえみ綾氏の名作オムニバス『バラ色の明日』を思い出した。恋愛だけでなく、人と人との「ねがい」のかたちをさまざまに切り取ってみせる描写は、本作に通じるものがある。
来月発売の「COMIC it」vol.17掲載予定の第3話では、3組目の年の差ストーリーが登場、つづく第4話にはのんと育の少し成長した話が描かれるそうだ。楽しみすぎる!
少女マンガ、青年マンガの区別なく、男女や年齢のボーダーをこえて、ひろい読者に読まれてほしい。
じんわりとしみ入るスローな物語に、ぜひふれてほしい。
KADOKAWA (2017-01-19)
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