新人賞レビュー
30ページのなかに生まれた、私たちの知らない世界『魔女と怪物』吉村あまぐ
籠生堅太
30ページで描かれた、どこまでも広がる世界
8月に開催され、「yomina-hare」でもレポートをお届けした「モーニング・ツー×ITAN即日新人賞その5」。
そこでITAN大賞を受賞した吉村あまぐ氏の『魔女と怪物』が現在発売中の「ITAN」35号に掲載されている。
誰も知らなかった新人賞の裏側を全部見せ!
モーニング・ツー×ITAN即日新人賞 その5レポート
人々の感情が追える
ある村から一通の手紙が魔女のもとに届く。
彼女の薬を必要とする旨が記されていたが、送り主である村長の本当の目的は、村に起きた異変を解決してもらうことだった。
どこか牧歌的な雰囲気がただよう『魔女と怪物』。
ファンタジー作品では、私たちが生活する現実とは異なる世界が描かれる。
背景や衣装、小物などの丁寧な描写は、作品世界に説得力を持たせてくれるし、それがそのまま作品の魅力にもつながっていく。
そして作品世界で暮らす人々の心の動きが描かれることで、“作りものの世界”は、一気にリアリティある“どこか遠い国の物語”へと姿を変える。
魔女を慕う村の子どもたちが、彼女の来訪を無邪気に喜び「まじょさまだー」と声を上げる。
たったひとコマ、些細な日常の風景が描かれるだけで、魔女が村の人々の暮らしに溶け込んでいること、必要とされていることが伝わってくる。
異変解決のため、山道を行く村長と魔女。
どこからどう見ても老人の村長を「男の子」呼ばわりする魔女と、それを特別不快に思うこともない村長。
そんなやりとりからも、彼女の人となりがうかがい知れる。
私たちの知らない世界の人々でも、心の動きは私たちと変わらない。
細かい感情の動きが描かれることで、短いページ数の作品でも、キャラに寄り添い、彼らの目線で作中の出来事を追いかけることができる。
物語の外側への興味
わずか30ページのなかで描くことができるエピソードには限りがあるだろう。
けれど『魔女と怪物』には、作中で描かれていることの外側を想像させる力がある。
異変の原因である巨人と対峙したとき、その姿に魔女はかつての自分を重ねていた。
魔女の過去に何があったか詳細に語られることはない。
それでも自然と彼女の身に起こったであろうことを想像し、そこに思いを馳せることができるのは、細かいキャラクターの描写の積み重ねによるものだろう。
またラストシーンで村の外へ向かう魔女たちを、どんな世界が待ち受けているのかも気になる。
人と世界、ともに広がりを感じられる『魔女と怪物』。
鋭意製作中という新作にも期待が募る。
講談社
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©吉村あまぐ/講談社