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小鬼36℃『あの日、世界の真ん中で』鬱屈した青春の熱量を、音楽にのせて解き放て。

武川佑

心臓が鼓動を刻むから。

狭くて変わり映えのない世界の片隅で生きていくには、と彼女は言う。
「この町は変わらへんよ 自分が変わらなかったら…」と。

小鬼36℃(こおにさんじゅうろくど)氏『あの日、世界の真ん中で』が、新書館から11月25日に発売される。サーモンピンクの空と落下する主人公、蛍光緑の差し色が目を引く、ビビッドな表紙だ。英題は『THE World is mine』。

運命共同体の2人

山と川と海しかない、都会から隔絶された「超ド級クソ田舎町」の高校に通う、天草茎太(けいた)。アパートの隣に住む花山茎子(けいこ)は幼なじみだ。2人とも母子家庭に育ち、「運命共同体」のようにして支え合ってきた。
ケンカップルのように「乳もませろ」とか、「アホ」という言葉がぽんぽん飛びかう2人は、つき合ってないとか嘘だ! と思うほどお似合いなのだ。

物おじしないテンポのよい会話も本作の魅力のひとつ

ダブルデートで、普段はボーイッシュな茎子が髪をアレンジし、ワンピースを着て現れた時の、茎太の動揺がかわいい。慣れない服装を恥じらう茎子も愛おしい。
「見てるこっちがカユいわ…」となる。

鬱屈した青春の美しさ

茎太は負い目を感じている。
短距離走で好成績を残し、都会の大学にスカウトされた茎子に比べて、自分には人に誇れるものががないと思っている。

2人で生きてきた狭い世界から、茎子が行ってしまう――自分は?
Steve Miller Bandの“The joker”を聞きながらタバコを吸いヤサぐれても、なんにも変わらない。

教師の阿部から「悔いなく死ねたら一番格好ええ」という言葉を投げかけられる。茎太たちのまわりには魅力的な大人も多い

学校やたびたび登場する橋の架かる川など、普遍的な風景を丁寧に描くことで、世界に説得力を与えている。
誰もが茎太のようにふて腐れたことも、茎子のように自分の将来に不安を覚えたこともあるだろう。

けれど、こんなふうに美しく、世界と向き合ったろうか?
『あの日、世界の真ん中で』は、誰もが経験した甘くて苦い青春を、とびきり美しく、とびきりキュートに、そしてとびきり鮮烈に描き出してみせる。

地元を離れる茎子との別れのワンシーン 

世界の真ん中へ手を伸ばす。

茎太は軽音部に入部する。バンドをやっていた父に憧れ、小さい時から弾いていたギターは、父の不慮の死とともに封印していた。
封印を解けば、奥底にしまいこんでいた茎太の衝動があふれ出す。
世界に風穴が開く瞬間だ。

クライマックスとなる文化祭でのライブシーンは、THE YOUTHの「12歳の衝動」とシンクロした迫力のシーンが続く。大胆なベタ使い、アップとヒキを織り交ぜ、ライブの爆音すら聞こえてきそうだ。
「12歳の衝動」を歌う茎太は、茎子へ、世界へ、ある決意を告げる。

ストレートじゃないけど熱い青春漫画だ。今の時代にこそ、輝く作品だ。
「あーもう一度高校生に戻りてー!」と、二人の笑顔がうらやましくなる。

軽音部1年生として登場する滝本ハルナは、小鬼36℃氏の新連載『東の空が白むころ』の主人公である。こちらも魅力的な作品なので、ぜひご一読を。



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©小鬼36℃/新書館