明日発売の新刊レビュー
『魃鬼』下川咲 昭和最後の夏。狂気が正気と化した村で惨劇の幕が上がる
小松良介
誰も信用できない
「四国因襲サスペンス」と銘打った物語は、1ページ目から120%の狂気で読者をノックアウトする。
鬼面をかぶった人物に首を斬り落とされた若い女性。その表情は満面の笑みをたたえていた……。謎めいた殺人儀式によって、この物語がいかに常軌を逸しているのか理解することができる。
恐怖を掻き立てるのはストーリーだけではない。表情の読めないキャラクターたちも少しずつ読むものの心を蝕んでいく。
『魃鬼』に登場するキャラクターたちは、わずかなきっかけで鬼へと豹変してしまいそうな、心に闇を抱えた人々ばかりだ。
とりわけ友人の春には要注意だ。村の総代というプロフィールの時点で嫌な予感しかしないが、案の定、話は彼を中心に回りはじめる。
怖くなってきたので妹たちよ、癒してくれ!と祈っていたのだが、彼女たちを悲劇が襲う。
閉鎖的な村で、味方になってくれそうな人物はひとりとしていない。
修介を待ち受ける未来に暗い影が落ちていく様子に、言い知れぬ恐怖と不安が呼び起こされる。作者の下川氏は本作が初連載となるが、嘘でしょ?と疑いたくなるほどじっくりねっとり、丁寧に物語の状況を描写している。
これから先、どんな悲劇が修介を待っているのか。果たしてそこ希望は残されているのか。散りばめられた謎の多くは手つかずのまま。
古き因襲が村人たちの心を支配しているように、『魃鬼』にも読むものの心を囚える力が宿っている。
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©下川咲/講談社