明日発売の新刊レビュー
自分の気持ちに右往左往していた頃の恋心『かもめのことはよく知らない』中田いくみ
小林聖
着地点も見つかっていない頃の恋心
小さな男の子が好きな女の子に意地悪をしてしまう、なんて話はよくいわれることだ。たぶん身に覚えのある人も多いだろう。
子どもっぽい気の引き方ではあるのだけれど、今思い出すとその気持ちは、まだ出口を見つけていなかったんじゃないかと思う。何となく気持ちが向くけれど、それをいったいどうしたいのか、どうなればおさまりが付くのか、当の本人にもよくわかない。淡い想いというのは、たぶんそんな形だったんだと思う。
「ヤングエースアップ」に連載され、2月4日に発売される中田いくみ氏のオムニバス『かもめのことはよく知らない』には、そんな恋になる前の恋心が描かれている。
ノスタルジックな恋の風景
『かもめのことはよく知らない』は、灯台がある海辺の街を舞台にしたオムニバス作品集だ。各エピソードでは大人から子ども、ときには人ならざるものを主人公として、それぞれの淡い恋心が描かれてる。
面白いのは「恋模様」というよりも「恋心」を描いているところだ。
恋物語は恋の行方や進展を描くが、『かもめのことはよく知らない』では基本的には恋の進展はない。ただその姿を見て赤くなったり、不機嫌になったり、そんな様子そのものをすくい上げている。
たとえば収録第2話の表題作「かもめのことはよく知らない」は「付き合う」なんてこともうまく想像できないような小さな子どものエピソード。眉毛の形から「かもめ」というあだ名でこっそり呼んでいる女の子に、ほのかな気持ちを寄せる小学生の男の子の物語だ。
からかわれるのがイヤという気持ちの方が強くて、どうしたいわけでもない子ども時代の恋心を丁寧に描きながら、ラストは鮮やかなもうひとつの恋心で落とす、掌編の楽しさが際立つ一編になっている。
どこかノスタルジックな田舎町の風景や筆致と相まって、淡い気持ちが蘇る。
相手の気持ち以上に自分の気持ちに振り回される頃の恋心
収録されているのは子どもの話だけではない。
第5話の「ハッカ」では高校生の女の子が主人公だ。あらすじにすれば店番をしているタバコ屋にやってきた意中の人が切手を買って帰っていくというだけ。具体的な恋の進展はおろか、進展の予感もない。
だが、そこに描かれる彼女の心の揺れは鮮やかだ。
意中の彼がやってきて頬を染めるが、手紙を出す相手が女性と気づくと思わずムスリとしてしまう。けれど、切手を舐める口を見て耳まで真っ赤になる。彼が去ったあとその様子を反芻してまた赤くなるが、そんな自分の顔が鏡に映っているのを見て「…ブス」とひと言つぶやく。
彼女はとりわけブス(に描かれているわけ)ではない。けれど、年上の彼から見れば中学生に見られてしまったりと、女の子としては見られていない自分にいらだち、自信が持てずにいる。
恋に浮かれたり、不機嫌になったり、自分に嫌気がさしたり、そんな自分の気持ちに右往左往とする様子がわずか6ページのなかにたっぷり描かれる。
成就するかしないか、というのは恋の重要な問題だ。けれど、そういう出口とはまるで無関係に、どう扱っていいかすらわからないまま、ただそこにある好意というものも確かにあった。
『かもめのことはよく知らない』はそんなことを思い出させてくれる作品集だ。
KADOKAWA (2017-02-04)
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©中田いくみ/KADOKAWA