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ハルノ晴『僕らは自分のことばかり』凡人と天才。わかりあえないけれど、響き合うそれぞれの青春

籠生堅太

“特別じゃない”私たちへ

何でもできると信じていたし、何にでもなれると信じていた。
誰もが自分は“天才”だと信じていた時期があったと思う。

そんな、今は凡人として生きている私たちの心に『僕らは自分のことばかり』は響く。

自分が天才ではないと気づく瞬間。誰もが経験したであろう苦い思い出が描かれる

あきらめることは、悪いことじゃない

凡人と天才の交流を描くハルノ晴氏の青春オムニバス『僕らは自分のことばかり』の第1巻が、明日11月17日に発売される。

「凡人VS天才」というストーリーは、スポーツものをはじめ、多くのジャンルで目にしてきたけれど、そういった対立構造は『僕らは自分のことばかり』にはない。
あくまでも「凡人と天才のふれあい」に重きが置かれている。

サッカーを諦める原因になった少年との再会。美大を目指す少女と、美術部の変わり者の先輩との出会い。水泳にしか興味のない先輩に恋したマネージャー。放課後、ひとりピアノを弾く少女と無気力な少年。凡人でありたいと願う天才バレー少年などさまざまな形で、凡人と天才の物語が収録されている。

自分自身の可能性が、少しずつ剥がれ落ちていくような痛みを味わったり、逆立ちしたって敵わないような才能を前に、自信を失ってしまうような経験をした読者も多いのではないだろうか。
そんな読者には、青春時代の苦々しい思い出が蘇るようなエピソードばかりで、読んでいて胸が締め付けられることも。

理想の自分と現実の自分。その差に苦しむことも

ただ不思議と読後感は爽やかだ。
それは『僕らは自分のことばかり』は、凡人であることを否定したりはしないからだ。
才能を諦めることと、歩みを止めることはイコールではない。
天才を目のあたりにして自分の凡人っぷりに打ちひしがれても、自分には自分の道があるはずだ。
そう決意して再び歩きはじめるキャラクターに、心が揺さぶられる。

自分勝手に救われようと足掻くこと

多くの読者が共感を寄せるであろう凡人だけでなく、天才の胸のうちも事細かに語られる。

人々から寄せられる身勝手な期待に押しつぶされそうになったり、自分自身が見ているものを誰とも分かち合えない孤独と戦い続けている。
「凡人の考えが及ばない得体のしれないもの」として描かれがちな天才も、血のかよった人間だと実感できる。

それでも『僕らは自分のことばかり』では、天才と凡人はまったく異なるものとして扱われる。
一を見て、十を知るもの。一つひとつ手探りで進まなければいけないような、我々凡人とは異なる存在が天才。その溝は決して埋まることがない。
同じ世界を生きていても、両者には見えている風景が異なるのだ。
だから双方が抱える悩みは、交わることがない。

天才が持つ苦悩。凡人はそれを知ることができても、理解することはできない。天才ゆえの孤独も本作では丁寧に描かれる

タイトルにあるように『自分のことばかり』考えて、自分自身を救おうと足掻くしかない。
そこからは「人はひとりで生きていかなくちゃいけない」、そんな覚悟と決意を感じる。

言葉にすると少し悲しい気するが、軽々しく「わかりあえる」なんて言われるよりも、よっぽど前向きな青春がここにはある。



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©ハルノ晴/講談社