新人賞レビュー
伊奈子『悪い夢だといいのにな』いけないことに興奮する少女は「罰」を求める
根本和佳
読者の“気持ちよさ”を裏切り続ける怪作
第75回ちばてつや賞ヤング部門にて大賞を受賞した、伊奈子氏による読み切り『悪い夢だといいのにな』が、11月21日発売の「ヤングマガジン」51号に掲載された。
「ヤングマガジン」公式サイトでの掲載もスタートしている。
悪事にドキドキする少女の行き着く先は
「とても悪いことをしたら、どうなってしまうのだろう」と考えたことは誰にでもあるだろう。想像して怖くなって、それで十分だ。
田岡は、「いけないこと」を想像するにととまらず、実行して興奮を覚えてしまう女の子。小さなことでは飽き足らず、万引きを繰り返し、それでも満たされない毎日を送っていた。家族はバラバラ。ひとりぼっちだ。
そんなある日、田岡はバイト先で出会った男・赤井に声をかけられる。赤井は彼女の万引き現場を見て、脅しにかかったのだ。慣れた口ぶりで。
目的を達して悦に入る赤井に対し、彼女はこう言う。
「私のコト 別にバラしてもいいですよ」
「色んな経験したくて それでやったんです」
そして彼女はそのまま赤井の家に居着く。
「いけないこと」で結びついた関係が、彼女のよりどころになっていく。だが共犯関係だと感じるわけでもなく、後悔も執着もなく、依存でもなく、見てしまった赤井の“犯行記録”にも動じることはなかった。
彼女の心はどこに置いてあるのだろう。
「罰」を求める女に膝を屈する、不思議な感覚
彼女は終始、まわりの出来事に流されるように生きていく。かといって自由でもなく、自分の行為への「罰」を求めているかのようでもある。
「私はこの人に殺されても別にいいやと思う」
彼女のセリフから、彼女の心を読み取ることはできない。
つかみどころのない田岡という少女。私たちは、漫画を読むとき自然に生じる予想や願望を、彼女に裏切られ続ける。気づくと、服従にも似た不思議な感覚に、とらわれていた。
38ページを読み終えて浮かんだのは、物語の冒頭で、髪を切った理由を聞かれた彼女の言葉である。
「ただ暑かったし じゃまだから‥‥ ふと切りたくなって‥」
何気ないセリフなのに、うすら寒い。彼女は、自分の髪を、自分で切った。罰するように。
講談社
©伊奈子/講談社