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作家インタビュー

『キャッチャー・イン・ザ・ライム』背川昇インタビュー中編 悩みに優劣はつけたくない。辛いことは、なんだって辛いから

一ノ瀬謹和

さまざまな問題を抱えたキャラクターたち

本日の発売の「スピリッツ」から、ついに最終章に突入した『キャッチャー・イン・ザ・ライム』(以下『CITR』)。前回、どのようにして『CITR』が生まれたのか、その誕生秘話をお聞きした著者・背川昇氏と担当編集者の金城小百合氏への直撃インタビュー。今回は『CITR』に登場するキャラクターたちについて、お話を伺った。それぞれに問題を抱えたらキャラクターたちを描くにあたって、どのような葛藤があったのだろうか。




背川昇インタビュー前編 幻の連載をへて、生み出された作品に託した想い




背川昇インタビュー後編 自分のための行動が、誰かの踏み出す力になる

悩みに優劣はない。辛いことは、なんだって辛いから

もともと金城さんがラップ漫画をやりたいと考えていたということですが、もともとラップはお好きだったんですか? それとも何か別に意図があって?

数々のヒット作を世に送り出してきた金城氏

金城
社会人3年目、4年目ぐらいの時に、ライターの山田文大(やまだ・ぶんだい)さんに勧められて「アルティメット」(※ULTIMATE MC BATTLE 。2005年から続くMCバトルの大会)とかを知って。般若さんのことを知ったのもこの頃です。それまでラップって自分とは遠い思ってたんですけど、バトル自体にものすごいドラマがあるのを知って。

そこからどんどんハマっていったと。

金城
「すごく好き!」って公言できるほどでもないんですけど、ただフリースタイルバトルって、とても格好いいなと思っていて。

それはどういったところが。

金城
自分は人と話していても、すぐ言葉に詰まっちゃうし、人の目もちゃんと見られない。なので口が上手い人たちが、言葉を使って勝ちあがっていくところにすっごく憧れる。それでラップを題材にしたマンガをやりたいって思っていました。

お話を聞いていて、金城さんは皐月ちゃんのキャラクターに凄く似ているなと思いました。やっぱり、そういった部分の影響はあるのでしょうか?

金城
そういう話をするなら、私よりも背川さんのほうがもっと皐月ちゃんっぽいですね。打ち合わせの時も、私は背川さんにワーッと喋るんですけど、背川さんがそれを面白いと思っているか、早く帰りたいと思っているか、表情から読み取れなくて、しょっちゅう背川さんに「だいじょうぶ?」って訊いてるんですけど、こんな感じで(笑)。

寡黙な背川氏。話されるときも、丁寧に言葉を選ばれている印象だった

背川
……そうですね。自分自身、相当皐月みたいな、まさに皐月みたいなところがあるので。

キャラクターの内面といえば、背川先生は「COMICリュウ」で『少女シグナレス』という読み切りを発表されていますよね。

「COMICリュウ」2017年11月号に掲載された読み切り。極度の恥ずかしがり屋で、緊張すると暴力をふるってしまう少女の物語

この作品においても自分をうまく表現できない少女が登場します。『CITR』のキャラクターたちと通ずるところがあると思うのですが、「自己表現」は背川さんが感じている大きな問題のひとつということなのでしょうか?

背川
それはやっぱり、自分自身がうまくしゃべれなくて、そういうところダメだと思っているので。

何かしら問題を抱えているキャラクターが、そのダメさを抱えながら成長していくみたいな部分に特に熱量が込められているような。

背川
やっぱり自分の欠点とか含めて、自分は他の誰でもない、自分を誇れるようになるっていうところは、ずっと描きたいって思ってます。

そうした想いを持った背川先生と、数々の名作を世に出した金城さんが出会ったわけですね。金城さんは新人漫画家さんと作品を作るときって、どのような役割を担って、どのような影響を与えているのでしょうか?

金城
影響……それ、私も背川さんに聞きたいんだけど。私のいる意味とか。

(一同笑)

突然の金城氏の発言に、一気になごむ取材現場

やはり漫画編集者としてお仕事されていて、漫画家さんに必要とされているかって、常に気になっているものなんでしょうか?

金城
むしろその考えを鈍感にしていかないと。じゃないとかなり傷つくから、あまり考えられないというか、日常から考えることをやめているので(笑)。

背川さんから見て、金城さんはこの作品にどういう影響を与えていると思いますか?

背川
自分はもともと遊びで漫画を描いているような感じだったので、相当勉強させて貰っているというか。キャラクターを作るところとかも、自分は全部設定で固めちゃったりしてしまうところがあって、そういうところを補強して貰っていますね。

「キャラクターを補強する」というのは?

背川
キャラクターの内面というか、リアリティの肉付けを手助けしてもらうというか。例えば実在の人物をモデルにしてみたらどうかって言ってもらったり。そういう基礎のところですね。かなり勉強させてもらってます。

本作にはセンシティブな背川先生特有の眼差しというか、共感性が活かされていると感じます。ウツギちゃんが抱えるMtF(※Male to Female。身体的、社会的性別を男性から女性へと移行したい人、もしくはすでにした
人)の問題って、本当に繊細にならなければいけない部分だと思うんですけど、描く時に注意したことは?

楽しそうな場面でも、一瞬曇るウツギの表情。こうした感情の一瞬の変化も丁寧に描かれている

背川
そうですね。いろんな人に綿密な取材をしなくちゃいけないみたいなことは、担当さんと話していて、実際MtFの方々にお話を聞きに行きました。一番気をつけたところというか、これは忘れちゃいけないと自分に言い聞かせたのは、「大体のMtFの人々はこういう悩みを抱えている」みたいな画一的な捉え方をしないということです。複数の人に取材をしたことで実感できました。

逆に、むしろここは絶対描かなくちゃいけないと思われている部分があったら教えていただけますか?

背川
気をつけた部分と近いのですが、MtFの人も当然ストレートの人と同じように色んな性格の人がいて、人によって色んな考え方や悩みを持っているので、一緒くたにしないで、個人として描こうって。当事者の人も言っていたし、そこは大事にしたいところですね。

トランスジェンダーのキャラを出そうというのは、背川先生から提案があったんですか?

金城
そうです。

軽率に取り扱えない話題ですよね。金城さんとしてはどう思いました?

金城
でも、描いてほしいと思いました。自分も知りたいって思っていたし、避ける話題ではないと思いました。ただ誠実ではいたくて、とにかく取材をすることにして。背川さんが自信をもって「自分はこの問題についてわかってる」って言えるくらいになってもらいたくて。

やはりきちんと取材をすることが重要だと。

金城
取材という形じゃなくても、人間観察だったり、友達から聞いた話だったり。そういう作者にとって身近な現実が落とし込まれてる漫画が読みたいです。現実のエピソードがフィクションを越えることはよくあります。でも作家が考えるものは、それらを踏まえた上で、さらに現実を超えてきて欲しいです。ただ編集部内でも反対され気味の意見もあったんですよね、センシティブだから。だけど、是非ともやりたかった。

それはやっぱり今、世間的にも関心の高い出来事だからでしょうか。

背川
僕がトランスジェンダーに執心していた事とは別にして、般若さんとR-指定さんにネームを見せたときに「このキャラ(ウツギ)、めっちゃいいね、一番いいキャラだね」って言ってもらえたんです。

金城
般若さんってかなりマッチョだし、男性社会で活躍している方だと思うんですけど、そういう人が見ても魅力的だと言ってもらえるようなキャラだった。私は、そういうの凄くヒヤヒヤするんだけれど、でも魅力的なキャラとは確信しているから、絶対に反対があってもやりきろうと決心したキャラがウツギちゃん。だから一番愛着がありますここ、すごいよくないですか?

こちらも部長決定戦から。優しさなのかもしれないけれど、皐月からどこか気をつかわれていることをウツギが敏感に感じ取る

自分もそこが凄く好きです。背川先生の暗い人特有の動きというか、挙動にすごいリアリティを感じていて、先生の可愛らしい絵柄じゃないと、心臓が止まるくらいゾッとしてたと思いますね。

金城
こういうのを見ていると背川さん、暗い感じすごい描けるなと思います。

トランスジェンダーの方以外にも取材はしましたか?

背川
あとはやっぱりラッパーの人たちですね。

強面の人も多いと思うのですが、緊張されたりしませんか?

背川
般若さんとか、やっぱりムキムキですごい迫力があって。最初は「うわ、すご、こわっ」って思いましたけど、実際話してみると本当に優しくて他のラッパーの方たちもみんな。

作中、蓮たちの貧しい家庭環境を描いた話がありましたよね。やっぱり貧困問題とラップは切っても切れない関係にあるし、そうした問題に直面しているラッパーの方々も居ると思います。そうした方を取材されたりは。

金城
取材じゃないんですけれど、ANARCHYさんというラッパーがいて。ANARCHYさんを追った『DANCHI NO YUME』っていうドキュメンタリー映画がすごく好きなんですよ。そのなかで少年たちが犯罪に走らないように、団地でANARCHYさんがラップを教えるシーンがあるんです。それを背川さんにも見てもらいました。

『DANCHI NO YUME』って、DVDとか販売されていないですよね。なかなか観る手段がないと思うのですが。

金城
会社の先輩の伝手を頼ってANARCHYさんのマネージャーさんに会う機会があったんです。それで自分がこういう漫画を担当していることを説明して、DVDを貸していただきました。

やはり、映画を観たことで認識が変わった部分はありましたか。

背川
そうですね。金城さんが言っている団地って、こういう感じかって。

金城
5話の団地の見開きすごいよかったよね。

錆びついた手すり、ヒビだらけの外壁にグラフィティ(落書き)。描き込みの圧がすごい

貧困はヒップホップとしても重要というか、多くの人の初期衝動になっている要因でもあるので、描かないと嘘っぽくなってしまう部分もありますよね。ご自身の経験のなかに、貧困との接点は?

背川
いや、実体験としては。

金城
私は親が転勤族だったので、一度だけ団地で暮らしていた時期があって。それまでは社宅に住んでいたので、みんな同じくらいの家庭環境だったんですけど、そこでは家庭ごとに収入格差が激しいことが小学生ながらにわかりました。……パンツ履いてない女の子いたって話したんだけど覚えてる?

背川
あー……しましたね。

「パンツ履いてない女の子」って、言葉の持っているパワーがすごいのですが、どういうことなんでしょうか?

金城
団地に引っ越して、すぐに仲良くなった女の子が、その後に分かるんですけど臭いって周囲からいじめられている子だったんです。で、放課後ふたりで遊んでいたらパンツ履いてないのがジャングルジムの下から見えた、みたいな。そういう経験もあって、貧困はすごく描いてほしかったです。

貧困をはじめ、『CITR』では登場キャラクターが各々色々な種類の悩みを抱えています。でも悩み自体は誰もが持っているものだという感じで、悩みに優劣をつけず、あくまでも並列に描写しているのが特徴だと思います。

背川
そうですね。自分の中の問題なのだから、人とは比べられないと思っています。辛いことは、なんだって辛いので。

問題まみれの物語ではあるものの、シリアスに振りすぎず、かといって問題自体を茶化したり、軽薄化することは一切せずに、しかしそこまで露悪的にしないというバランス感覚が上手いですよね。

背川
ありがとうございます。

テーマは普遍的ですが、やはりラップという題材は、まだまだハードルが高く感じる読者も多いと思います。

背川
そうですね。そういう人たちにもとっつきやすいモノを心掛けるというか。女の子を主人公に……というか登場人物みんな女の子にしようとか、キャッチーな要素は入れようと。あとは、ラップ文化に詳しくない人が想像するような、「いかにも悪いラッパー」みたいな人は出さない、ということは考えていました。。

金城
でも1回目の打ち合わせのあと、背川さんが持ってきてくれた最初のネームでは、キャップかぶってる子たちがクラブに行って、まわりの男性ラッパーに憧れてラップを始める、みたいなので……。

今と全然違う(笑)。

金城
そうそう。それで、「なんかダサくない? これだと普通のラップの概念を超えてないね」っていう(笑)。

来週発売の「スピリッツ」でいよいよ『CITR』完結! 最終回掲載号が発売される4月23日更新予定のインタビュー後編では、連載をふりかえり、想い出深いエピソードなどをお話していただいた。お楽しみに!



試し読みはコチラ!




背川昇インタビュー前編 幻の連載をへて、生み出された作品に託した想い




背川昇インタビュー後編 自分のための行動が、誰かの踏み出す力になる

©背川昇/小学館 週刊スピリッツ連載中

今回のゲスト

  • 背川昇

    『キャッチャー・イン・ザ・ライム』著者

    1995年、静岡県生まれ。
    2017年7月より初連載『キャッチャー・イン・ザ・ライム』を連載開始。自主制作漫画展示即売会・コミティアにサークル「キセガワ上流」として参加。

  • 金城小百合

    小学館「ビッグコミックスピリッツ」編集部

    2006年、秋田書店に入社。「エレガンスイブ」編集部在籍中に『cocoon』『花のズボラ飯』などの立ち上げに携わる。2013年に小学館「スピリッツ」編集部へ。『あげくの果てのカノン』『プリンセスメゾン』などを担当。ファッション・カルチャー誌「Maybe!」の立ち上げにも参加、編集している。