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作家インタビュー

『キャッチャー・イン・ザ・ライム』背川昇インタビュー前編 幻の連載をへて、生み出された作品に託した想い

一ノ瀬謹和

新人作家と編集者が二人三脚で生み出したデビュー作

異色のフリースタイルラップ百合漫画『キャッチャー・イン・ザ・ライム』(以下、『CITR』)を描く若き漫画家・背川昇(せがわ・のぼる)氏と、『あげくの果てのカノン』(米代恭氏)『プリンセスメゾン』(池辺葵氏)など数々のヒット作を手がけてきた背川氏の担当編集者・金城小百合(きんじょう・さゆり)氏。 昨日発売された「スピリッツ」19号の掲載話を含めて、連載も残すところあと3回! 遂にクライマックスというこのタイミングで、おふたりに直撃インタビューを敢行。作品が生まれた経緯などを、前・中・後編、3週にわたってお届けする。




背川昇インタビュー中編 悩みに優劣はつけたくない。辛いことは、なんだって辛いから




背川昇インタビュー後編 自分のための行動が、誰かの踏み出す力になる

幻の連載作品『五月雨(さみだれ)のカミカゼ』

舞台は、屋上から富士山が望める沼津女子高校。背川氏自身も高校時代は沼津で過ごされたとのこと

籠生(yomina-hare編集長)
月曜日に「スピリッツ」で『CITR』読むのが凄く好きなんですよ。ラップの漫画と言われると、普段そういう音楽をあまり聞かないのでちょっと構えちゃうところがあるけど、嫌いな自分をどうやって乗り越えていこう、変えていこう、という作品の核になるテーマは、僕もいつも感じているし、みんな感じていることだと思います。『CITR』のみんなが頑張っているのを週頭にみると、今週も超頑張ろう!って気持ちが湧いてくるので、今日はインタビュー前に、一言ありがとうございますと言いたかったんです。

背川
こちらこそありがとうございます。

金城
感動的だね。

確かに『CITR』はラップの漫画なんですけれど、それ以前に、普遍的なテーマをしっかり描いた骨太な漫画だと思っています。

「百合」や「ラップ」という題材ばかりが注目されるが、描かれるのは、ド直球の青春物語だ

籠生
監修として般若さんR-指定さんという著名なラッパーが参加していることがメディア的にはキャッチーで、取り上げたい部分ではあるんですけれど……「いや、それだけじゃなくって背川昇って漫画家がすごいよ」っていう記事を作りたいと思って、本日セッティングをしていただいたので。

背川
ありがたいです。

というわけで、本日は背川先生の人となりにも触れさせていただければと思っています。だいぶお若く見えますけれど、年齢はおいくつでしょうか?

背川
今は22歳です。

金城
まだ22なの? びっくりした。23だと思ってた。じゃあ連載はじまったときって何歳だったの?

背川
22ですね。4月が誕生日なので。今年23。

金城
でも、なんか年齢聞くたびに毎回驚いている気がする(笑)。

寡黙な背川氏をサポートするように、色々とお話を聞かせてくれたのが、担当編集者の金城氏

背川先生は同年代の漫画家と比べると突出して実力があるというか、年齢に似つかわしくないほどの作品完成度を持っている方だと思います。背川先生の経歴……今までどうやって漫画を描いてきたのか、連載を始める前はどんなことをやってきたのかを聞きたいのですが。

背川
描き始めから言うと、小学校高学年くらいの頃から。その頃はギャグ4コマみたいな、好きなゲームのキャラクターを使って4コマ漫画を描いたりとか、バトル漫画とかを描いたり。で、えーと……高校くらいまではそんな感じなのですが、大学の漫研に入ってからは漫画を本格的に描こうと思い、コミティア(※オリジナル作品のみの同人誌即売会)に出てみたら、そこから色んな漫画家さんだったり、作家さんの人と交流がでてきて。まあ商業でもやってみたいなって。

新人賞に投稿したりとかでなく、参加されたイベントで金城さんがお声がけしたんでしょうか?

金城
イベントじゃなくて。もともと私がずっとラップの漫画をやりたいと考えていて。丁度その頃、「やわらかスピリッツ」位置原光Zさんから原稿を貰ってた時で。位置原さんもラップ好きなんで、「だれかラップ描ける人いないですかね」みたいな話を言っていたら、「知っている子でひとりいます。漫画がめっちゃうまいですよ。ラップも好きだったと思います」って、背川さんを教えてもらって。それから同人誌を読ませてもらって……どれを最初に読んだんだっけ?

背川
消しゴムのやつ(※2016年1月に開催されたコミティア115で頒布された同人誌『GODTAC115』に収録の「ラバーリックの食卓」)

消しゴムを食べるのが好きな少女と、彼女に巻き込まれ消しゴムを食う羽目になったかわいそうなふたりの女の子のお話

金城
そうそうそう。それがすごくかわいくて。そのとき私も32とか33歳だったのかな、大学生くらいの作家さんの若い感性みたいなのがすごく嬉しくて、そういう人がラップの漫画やったら面白いかなって思いましたね。

企画のスタートとしては、そもそも金城さんがラップの漫画を作りたいという気持ちがあったと。

金城
ラップ漫画は、ずっとやりたかったんだけど、どうしてもいかつい……『バキ』みたいな感じだとか、『クローズ』とかのヤンキーものだったり、そういう仕組みを使ったラップバトルみたいなものを想像してて。それもすごく楽しそうだけど、でもまったく違うのがやりたいとも思っていたときに、背川さんを紹介してもらって。「こういう人にやってほしい!」って思って、最初に会ったときに、ラップものを提案させてもらった感じですね。

そこからどういう経緯をへて『CITR』が誕生したのか教えていただきたいです。

背川
作品の経歴的な部分を。

コミティア117(2016年8月開催)で背川先生が配布したペーパーには、『五月雨(さみだれ)のカミカゼ』という作品が「スピリッツ」ではじまると書いてあって。マイクも持っているし、この作品が、のちに『CITR』になったんですか?

マイクを持つ自信なさげな少女。『CITR』の主人公・高辻皐月にも通じるものがある

金城
そうですね……。そうとう変わったけど。

背川
よく持ってましたね、これ。

金城
このペーパーを見てだったのか、「yomina-hare」さんから「背川さんの新連載が始まるって聞いたんですけど、進捗はどうでしょうか」って電話をいただいて。

籠生
ちょうどペーパーが配られた時期が、「yomina-hare」を立ち上げる準備をしているところで。これは絶対に紹介したいと思って。

金城
でも連載が決まったあと、実際に連載にこぎつけるのに1年くらいかかってしまって。1年だったっけ?

背川
ほぼ1年間ですね。

金城
難所だった3話目から、まったくネームが進まないっていう感じだったんです。そのときは「フリースタイル」じゃなく、「ラップバトル」の漫画だったので、ラップをすると相手が倒れたり、痛がったりしてました。

現在よりもちょっとコミカルというか、ファンタジー寄りの作品だったんですね。

金城
コミカルだし、バトルだし。もうほんと『バキ』の話しょっちゅうしてたくらいだったので。でもそれだと私が同人誌で背川さんに感じてた良さが出きらないという問題があって。どうしてもバトルのほうに集中しちゃって、私が読みたい女の子の成長譚みたいなものができないし……。

ラップバトル部の部長決定戦の一幕。自分の思いを口に出せなかった皐月が、殻を破る瞬間

違和感を感じていた。

金城
背川さんも進まないし。でも粘り強くネームを直しては持ってきてくれてたんです。それで、あるときにそれまでの設定を全部捨てようという結論になって。

じゃあもう『五月雨のカミカゼ』のころの設定は、ほとんど瓦解していてるんですね。逆にまだ生きている設定はあるんですか?

金城
女子高生がラップっていうぐらい? この主人公の子(※『カミカゼ』のマイクを握っている女の子)が、凄いお嬢様だったんだよね。

背川
あと口下手だというところ。

金城
菅原道真(すがわらの・みちざね)の子孫で、漢詩が凄くできる子っていう設定でした。この設定は大好きだから、今でも惜しく感じています。

本当に高貴な血筋のお嬢様だ(笑)。

金城
皐月(さつき)ちゃんが文学的なラップができるのは、その流れがあります。こっちの子(※『五月雨のカミカゼ』のメガネの子)めっちゃかわいかったんですよね。明るくてバカで。

皐月のラップは『百人一首』や『山月記』など文学的な要素を取り入れている

『五月雨のカミカゼ』で凄く楽しそうだけど、『CITR』は、もっとリアルな作品になっていますよね。同人誌時代の背川先生の作品からは「コメディの人」という印象を受けていました。なので初連載作品がコメディ漫画ではなく、エッセンス程度にコメディの要素を使っているのを見て、こういう進化を遂げたのかとびっくりしました。

背川
金城さんがあんまりギャグ好きじゃないんで……。

金城
面白ければ好きなんですけれど……。

背川
ギャグのためのギャグみたいなものが苦手ということでしょうか?

金城
そうそうそう! ギャグのフォーマットというか、ドタバタすれば漫画っぽく成立はするんだろうけど、それはそんなに好きじゃなくて。「スピリッツ」の誌面でそれをやっても、これなら『ウシジマくん』読んでるときのほうが面白い、みたいなことってよくあると思うんですよ。

『ウシジマくん』って物語の面白さもですけれど、ヤバい人たちが一瞬コメディっぽいことを見せてくれると、すごく笑ってしまいますからね。

金城
コメディやギャグじゃなくも、人間が描けているので面白いです。あと暗いほうが私の読み心地がいい(笑)。

(一同笑)

金城
そういう私の好みを、どれくらい背川さんに押し付けていいかわからないけれど。でも自分が好きな作品のことは、色々と背川さんに言った気がします。例えば石黒正数さんカラスヤサトシさん施川ユウキさん、あとは位置原光Zさんも大好きです。

やっぱり一握りのシリアスが入っているようなギャグのほうがいいんですね。

金城
そうですね。読んで笑っておしまいじゃなくて、「ほんと?」って何か読者の心に引っかかるものが読みたいですね。



試し読みはコチラ!




背川昇インタビュー中編 悩みに優劣はつけたくない。辛いことは、なんだって辛いから




背川昇インタビュー後編 自分のための行動が、誰かの踏み出す力になる

©背川昇/小学館 週刊スピリッツ連載中

今回のゲスト

  • 背川昇

    『キャッチャー・イン・ザ・ライム』著者

    1995年、静岡県生まれ。
    2017年7月より初連載『キャッチャー・イン・ザ・ライム』を連載開始。自主制作漫画展示即売会・コミティアにサークル「キセガワ上流」としても参加。

  • 金城小百合

    小学館「ビッグコミックスピリッツ」編集部

    2006年、秋田書店に入社。「エレガンスイブ」編集部在籍中に『cocoon』『花のズボラ飯』などの立ち上げに携わる。2013年に小学館「スピリッツ」編集部へ。『あげくの果てのカノン』『プリンセスメゾン』などを担当。ファッション・カルチャー誌「Maybe!」の立ち上げにも参加、編集している。