読み切りレビュー
時間の止まった街で出会ったおばさんと女子高生の不安と痛み 『まばたき』梅サト
小林聖
夫が家を出た夏の日、街は時が止まる
出張から帰ると夫が置き手紙を残して消えていた。その中身を確かめることもしないまま、ぼんやりと過ごしていた夕方、外に出ると自分以外の時間が止まってしまっていることに気付く……。
現在発売中の「flowers」10月号に掲載されている梅サトの新作読み切り『まばたき』は、そんなふうに始まる。こういう不思議な1日の物語には少年少女がよく似合うが、『まばたき』では人生に少しくたびれてしまっているおばさん・智恵が主人公というのがまた面白い。ごくごく普通の中年とファンタジーというどこかアンバランスな導入は、技ありだ。
そして、止まった時の中で彼女がひとりの女子高生と出会うことで物語はさらに進んでいく。
「恋愛ごときで泣いたりできない」という痛み
梅サトの初単行本である『緑の罪代』の帯に、西炯子は「心の中の、触れると泣いてしまいそうなところに、スッと触れてくる漫画です。」という推薦コメントを寄せている。『まばたき』もまた、不思議な舞台装置で物語を引っ張りながら、やがて2人の心の内に触れる物語だ。
時の止まった街を歩きながら智恵は、やがて女子高生・あやかに自分のことを打ち明ける。夫が出ていったこと、夫は身体を壊してしまっていたこと、どうすればいいかわからず置き手紙を開けもせずいること。だが、あやかはその告白に「なんで(手紙も読まず)ほっとけるの?」と問い返す。
その答えに彼女は肩を落とす。
「年を取るほど 単純じゃなくなるの 人生は」
「私はもう 恋愛ごときで 泣いたりできないもの」
「あ〜〜」と思わずため息をつくセリフだ。この「あ〜〜」の半分はもちろん「そうだよなぁ」という気持ちだ。だけど、もう半分は「ああ、俺はもう一度“恋愛ごとき”で泣きたかったんだな」という「あ〜〜」だった。
「もう何かをすることはできない」と思うとき、それは「本当はしたい」という気持ちの裏返しでもある。確かに人生は単純ではなくなる。忘れ去ってしまったのか、心の中に閉じ込めているのか、歳を取るとシンプルに泣いたり笑ったりはできなくなる。だけれども、それは単純な気持ちがなくなるということではない。「ごとき」に向き合えないとき、人は幸福を見失う。
時の止まった世界はいつ動き出すのか、そこで2人は何を見るのか。ファンタジックな設定と謎をフックに、心のやわらかな部分を描き出す短編だ。
©梅サト/小学館