新人賞レビュー
弱冠20歳、初投稿の新人が四季賞高橋ツトム特別賞でデビュー! 『青々』桃井ゆづき
加山竜司
新人作家の登竜門が放つ期待の新鋭
「アフタヌーン四季賞」とは、講談社「月刊アフタヌーン」が主催する漫画新人賞である。その名が示すとおり、年に4回募集があり、大賞受賞者には沙村広明や王欣太、黒田硫黄、五十嵐大介といった実力派が名を連ねている。
また、四季賞や準入選・佳作、審査員特別賞などの受賞者からも、現在第一線で活躍している漫画家を数多く輩出している。松本大洋、市川春子、三部けい、佐藤秀峰、こうの史代など、数えあげたら枚挙にいとまがない。業界注目度はナンバーワンの、「漫画家の登竜門」的な新人賞といえるだろう。
この賞の最大の特徴は、ページ数やジャンルに関して、いっさいの制限が設けられていない点だ。そのため、投稿者が自由に作家性を発揮できる。
そして「月刊アフタヌーン」2016年10月号(8月25日発売)には、今年の夏の四季賞で「高橋ツトム特別賞」を受賞した『青々』(桃井ゆづき)が掲載された。
講評によると、作者はまだ20歳。まさに期待の新鋭である。
乳児を目の前にしたときの、男の無力さ
主人公・ケンゴは、初めての子育てに直面する父親。
赤ん坊の世話を敬遠していたが、あるとき妻のアユミが心労で倒れてしまう。やむなく赤ん坊の面倒を見ることになるものの、ミルクのある場所も、抱きかかえ方もわからない始末。そんな折、団地に引っ越してきたばかりの少女・ヒトミと出会う。ヒトミの協力を得て、少しずつ育児に取りくんでいくのだが……。
現実問題として、日本では依然として、男性の育児参加率は低いままだ。男性の場合は出産でお腹を痛めたり、授乳で片時も離さずに抱きかかえるといった経験を踏まえることがないので、乳幼児を目の前にしてもオロオロしたまま、続柄だけが「親」になるにすぎない。どこかで父になるための一歩を踏み出す必要がある。
ヒトミとともに育児用品を買い出しに行く道中で起きるハプニングの数々は、ケンゴが父になるうえで必要な通過儀礼なのだろう。さながら成人版「はじめてのおつかい」のようでもあり、その最中に見せるケンゴとヒトミの心の動きを的確に写し取る表現力の確かさは特筆に値する。困惑、恥、焦り、葛藤、憤り……。登場人物の表情や、印象的に描かれる“手の演技”によって、そうした感情が紡ぎだされていく。
また、股の開き方や膝の使い方など、赤ん坊を抱きかかえるときの姿勢に変化をつけるなど、細部にまで行き届いた芸の細かさが光る。観察眼の鋭さが、そのまま作品に活かされている。
確かな技術が描き出す、言葉になりきらない感情
本作は「男の育児」を題材にしてはいるが、作品の焦点は「他者とのコミュニケーション」に当てられている。まだ言葉になりきらない感情、飲み込んだ言葉、伝わらない意思。
それらを描けるのは、講評で高橋ツトムが「絵、コマ割り、間ともにとても良い」と記したように、確かな技術があればこそである。説明的なセリフやモノローグがなくても、全容を把握できるほどの“読ませる力”を確認できるはずだ。
この作者が次回作にはどのような題材を選ぶのか。何を描いてくるのか。
今年も四季賞は、長いスパンをかけて追いかけたい作家を、またひとり輩出した。
講談社
©桃井ゆづき/講談社