漫画で明るく描くことで、「大したことなかった」と言ってやりたい
DV、曽祖父の遺産を巡る争い、祖母の自殺、そして一家での夜逃げならぬ「昼逃げ」。さらには逃げ込んださきは扉のない宴会場だったという、自身の壮絶すぎる中学生時代の思い出を、悲壮感なく、むしろコミカルに描く川路智代氏の初単行本『ほとんど路上生活』が6月2日に発売された。
『ほとんど路上生活』川路智代DV父から逃げた先は扉のない宴会場
「壮絶」という言葉すら軽く感じてしまうほどの重たいエピソードを、軽やかに描く川路氏。自身の体験をなぜ漫画にしようと思ったのか。担当編集者である小学館クリエイティブ・日下宏介氏を交えてお話を伺った。語られたのは、宴会場での暮らしは「楽しかった」という予想外の反応だった。
扉のない宴会場での暮らしは、「楽しい」
扉のない宴会場での暮らしはもちろん、DVやおばあさまの自死など、かなりショッキングなことを作品として描くことに抵抗は。
こちらからの質問に明るく答えてくださる川路先生。取材中、語っていただく内容と先生の明るさのギャップにインタビュアーは戸惑うことも
川路智代(以下、川路)
全然なかったです。宴会場での暮らしについては、Twitterでも言ってるんですけど、本当に楽しくて。昼逃げ後は、家族に笑顔が戻ってきたから。それに宴会場で暮らしていたことを特別だと思っていなかったくらいなので。
ご実家での暮らしが壮絶すぎて。
川路
それまでは家族でゲラゲラ笑うっていうことがなくって。だから宴会場は、本当に「ただのおうち」って感覚でした。虫はすごかったけど。
ご自身では「普通の体験」だった宴会場での暮らし、それをどうして漫画にしてみようと。
日下宏介(以下、日下)
ちょうど「コココミ」という、コミックエッセイがメインのレーベルを立ち上げたいと考えていて。そのときに川路さんが別の作品を拝見する機会があって。その作品自体はまだ粗かったのですが、何か特別な経験をされているのかも……と感じて「実録を描いてみませんか?」とこちらから提案したかたちです。
そうしたらとんでもない話が飛び出してきたと。
川路
「実録ものをやってみないか」って言われて、初めてこれまでのことを人に話した感覚です。ほんと特別だと思っていなかったので。10代だと何があっても大丈夫というか、自分のいる環境がおかしいと気づくこともなかったですし。
川路さんの生い立ちを伺って、どのように感じられましたか。
日下
不謹慎ですが……これは面白いと感じました。フィクションだったら思いつかないだろうし、これは貴重な体験だなって。なにより宴会場に住むってだけで、エッジが効いてます。
たしかに「宴会場に住んでた」と言われるだけで、興味をそそられますね。
日下
毒親や暴力ってコミックエッセイのテーマとしては、鉄板なんですけど、その分、たくさんの作家さんが描いています。川路さんの体験には宴会場暮らしや、不気味なおじさん軍団などなど、とにかく惹きつけられました。
日下さんの仰るように親との軋轢やDV、あとは宗教2世の問題など、ちょっと辛いテーマのコミックエッセイからヒット作がいくつも生まれているじゃないですか。川路さんの体験も、辛いことを辛いまま描いたとしても、面白い作品になったのでは、とも思います。なぜそれをあえてコメディ調にしようと。
川路
第1話のネームを作ったときに、かわいそうな話にはしたくないなって。なぜかというと、私自身、悲壮感漂うというか、「見るも無残なこと」を暴力的に描いている作品が大好きで。
パッと見は明るいんだけれど、実は……みたいな。
川路
そうなんです。例えばですけど、ゴールデンボンバーの歌詞と曲のギャップみたいな感じで。ゴールデンボンバーも歌詞はすごく悲惨なんだけど、それをすっごく明るく歌ってらして。だから私も、私に同情してもらえるように描くのはやっちゃいけない、絶対にコミカルに描こうと。
担当編集者という立場からだと、それにNGを言うこともできたと思いますが。
日下
川路さんの絵柄だと、シリアスに振り切ったとしても、深刻さは中和されてしまうでしょうし、ならばこういう方向もありだなと思いました。
たしかに「こういう事実があったんですよ」と直球で投げつけられるには、少しヘヴィな話ですしね。
日下
あとはトモちゃんというキャラクターを通して、当時を俯瞰するというスタイルがいいと思いました。川路さん自身も当時を受け止めやすいでしょうし。
川路先生の分身である“川路智代”と、中学生時代の先生を演じる“トモちゃん”による、ダブルトモちゃんシステム
川路
あとは復讐なのかもしれない。バカバカしく描くことで、この程度のことでしかなかったんだぞ、みたいなのもありますね。
大したことなかったと言ってやりたい、みたいな。
川路
第8話で、クマ造が女子高生とチョメチョメして、アレされるじゃないですか。(編集部註・川路先生のお父様をモデルとしたキャラクター・クマ造が、援助交際をして逮捕される)あれとかも描いていて痛快というか、読んでもらっても快感を覚えられるような暴力的な面白さを表現してみたくて。
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写真撮影:カレー・ラモーン
©川路智代/エブリスタ/小学館クリエイティブ