読み切りレビュー
『真夜中ワンダーさんぽ』鳶田ハジメ 18Pで描かれる少し不思議な夜の散歩
籠生堅太
満月の夜、街は知らない世界に変わる
見慣れた街の景色も、夜になるとまるで別世界のように感じる。そんな経験はないだろうか。
自分の足音すら響くような静けさ、月の光のやさしさ、そして飲み込まれるような深い闇。夜の街を歩くことは、どこか知らない街を歩くような高揚感がある。
そんな深夜徘徊の空気をそのまま18Pに閉じ込めたような読み切りが、「COMICポラリス」に掲載された鳶田ハジメ氏のデビュー作となる読み切り『真夜中ワンダーさんぽ』だ。
夜の街の心地よさ
不眠改善のため、夜の街を歩く主人公の少女の密かな楽しみは、満月の夜。闇の中から現れる「影の住人」たちが、夜の街を普段とは違った姿へと変えていく。
影の住人たちの姿は、少女と彼女の愛犬・ジロにしか見えないらしい。
彼らは、積極的に人に関わるようなことはしない。ただそこに「いる」だけだ。少女も住人たちの姿を眺めるばかりで、声をかけるようなことはしない。
干渉しあうことはないけれど、たまにすれ違ったり、かるく言葉を交わす程度の距離感が心地いい。
影の住人という存在が、見慣れた風景に溶け込んでいる不思議。もちろんそれが本作最大の特徴なのはわかっている。
しかしそれ以上に、影の住人たちと少女の距離感が、夜の心地よさを表していることに注目したい。
夜の闇のなかでは、誰もがぼんやりとした存在になる。そうなることで自分を縛りつけるもの、重くのしかかっている色々なものから開放される。
自分も相手も曖昧で、適度に無関心な、過度に干渉されることのない時間。世界とゆるく繋がっているような、あの幸せな深夜徘徊の感覚が『真夜中ワンダーさんぽ』にはつまっている。
夜のかけらを集めて
そんな夜の空気をまじまじと思い出させるのは、やはり鳶田氏の表現力があってのことだろう。
月の光は想像よりもはるかに明るい。そして光が強ければ強いほど、影は濃くなる。
白と黒のコントラストがパキッとついた画面からは、夜の静けさが伝わってくる。
「ガタンゴトン」という電車の走り去る音や、通り過ぎた車の排気音は、控えめな描き文字で描かれている。
ざわめきがない分、小さくても輪郭がはっきりとしている夜の音のようだ。
色も音もない漫画で、「夜の空気感」を表現することは、なかなか難しいように思える。
ひとつひとつの夜のかけらを見つけ出す鳶田氏の瞳と、それをつなげて描き出す鳶田氏のペン。そのふたつをもって、次はどんな作品を描いてくれるのだろうか。
©鳶田ハジメ/COMICポラリス
©フレックスコミックス