明日発売の新刊レビュー
浮いちゃってる幼なじみとのルームシェア生活『星空のきみ』塚本夢浩
たまごまご
ちょっぴり痛みを抱えた少年少女の、重力反転ラブコメディ
星崎チカは、まるで人形のように綺麗な女の子。
なぜか彼女の重力だけ逆になってしまった。天井に立ち、地面には降りられない。
「サンデーうぇぶり」、「少年サンデーS」で連載されている塚本夢浩氏の『星空のきみ』が2月10日に発売になる。
人の間から「浮く」
加地クウトの部屋にやってきた、幼なじみのチカ。浮くようになってから、天井から降りることができない。
学校に行くのも困難。ほっとくわけにもいかず、クウトは彼女を自分の部屋(の天井)に住まわせることに。
何日かすると、天井には彼女の本や荷物が並び、チカの逆さま部屋が完成。
もともとあまりしゃべる方ではないチカ、何を考えているのかさっぱりわからない。
クウトはある日、クラスメイトから「星崎さん付き合ってた人に妊娠させられちゃったんだって。」という噂を聞かされる。
序盤は、幼なじみとの突然の同居生活で困ったな、というラブコメディでスタート。
しかしクラスの噂話以降、クウトはチカとの距離感がわからなくなってしまい、物語の空気はどんどん息苦しくなっていく。
「いまチカがいる所は、手を伸ばしても届かないような場所なのかもしれない……近くに見えたとしても、交わることは決してないんだ。」
クウトには、逆さまなチカとの、間近なのに真逆な今の距離が、自分たちの関係そのもののように感じられる。
物語はここから、クラスメイトの人間関係描写も交え、複雑さを増す。
特にクウトのことを好きなクラスの美少女・神園ミレイの言動がエグい。
クラスでリーダー格のミレイは、裏こそこそとチカへの陰湿ないじめを続けている。クラスのみんなも彼女の空気に飲まれており、チカの話になるとクラスのムードは悪くなる。
チカの浮遊は、人間の輪の中での「浮く」状態とシンクロしているように見える。
なぜかシンプルな絵柄で描かれた、クウトのまわりのオタクたち。
嫉妬とクラス内カーストにこだわるあまり、狂気的なタッチで描かれるミレイ。
そして、ふわふわしていて瞳に星が入っている、さかさまチカ。
「……別にいいよ、知らない人たちに何て言われてようと……でもクウトは私のこと知ってるじゃん。知ってる人に信じてもらえなかったら、そっちの方が傷つくよ。」
チカが真摯な言葉を投げかけるのは、クウトだけ。
純粋な思いで少しずつ近づくふたりの会話のシーンは、清涼感にあふれている。
一方で、クラスメイト達、特にミレイのセリフは、露骨な建前ばかり。歪な人間関係が、クラスの描写を異様に重苦しくさせている。
重力のあらわすもの
この作品では、ひっくりかえるのはチカだけ。その理由が現時点ではまったくわからない。
チカの持ち物は彼女と同じように天井に引き寄せられるが、食べ物などは地面に落ちていってしまう。髪の毛やスカートなど身につけているものの重力は、天井側だ。
かと思えば彼女の荷物が床に落ちることもある。どうやらなんらかの法則性があるようだ。
チカが外に出たらどうなるか。そのまま天に落下してしまう。
チカとクウトは、全面的にお互いを信用しなければ、文字通り離れ離れになってしまうのだ。
この作品でキモになるのは、ふたりがどう一歩踏み出すかだ。チカの身に起きた現象の探求だけが問題でないことは、彼らも悟っている。
まずはチカとは一対一の関係。お互い心を開けるかどうか。
次に学校で、ミレイを含む多くの人間の重圧と戦わないといけない。
恋愛絡みのすれ違い問題も絡んでいるため、一筋縄ではいかなさそうだ。
人間関係に答えはない。全員と信頼関係を交わすのなんて無理。
けれど、価値観は全然別だとしても、逆さまだとしても、同じくらいの目線の高さで、ある程度認め合う程度のことはできるはず。クウトもチカも、もしかしたらミレイも。
青春の迷走。みんな足元がおぼつかないまま。地に足がつく日は、まだ遠そうだ。
なお、重力逆転ものとして、映画「サカサマのパテマ」やゲーム「GRAVITY DAZE」と比較してみるのも面白い。
いずれも重力方向による「落下」が題材になっている。
©塚本夢浩/小学館